2017/08
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忘れてはいけない大切な日
16年前の1995年1月17日午前5時46分、この地域を未曾有の大地震が襲いました。
たくさんの方が亡くなられたこの地震で、私たち家族は幸いなことに大きな怪我をすることはありませんでした。
親戚・知人にも大きな被害にあった人はいません。
ただ、家が傾いたり、壁が落ちたりして、建て替え・引っ越しを余儀なくされた人はいます。
わが家もそのうちの1軒です。

いままでこの日のことを何かに書いたことはありません。
書かなかったのではなく、書けなかったんです。
16年経って、ようやく少し気持ちが落ち着いてきたのかもしれません。
何がどう変わったのかはわからないんですけど、残しておこうという気になり、ペンを取りました。(正確にはキーボードをたたいてるんですけどね)

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この日は私の父の誕生日でした。
本来なら、夜はケーキを買ってきてお祝いをしていたと思います。
でも、お祝いをした覚えはありません。
なぜなら、家が住めない状態になってしまったからです。

私の実家はとても古い建物で、でも、何もなければまだまだ住むことはできる建物でした。
それが、あの地震で基礎部分と壁が外れてしまったんです。
ただ、両隣と接するように立っていたため、見た目には「瓦が落ちてる?」くらいの被害に見えたんです。
けれど実際は家の中なのに、すきま風がぴゅーぴゅーと入ってきて、とてもじゃないけど暮らすのは無理でした。

当時私はまだ独身と言うか、約2ヶ月後に結婚式を控えていました。
ところが式を予定していたホテルは建物こそ無事だったものの、交通機関が完全に復旧していなくて、遠方の親戚が来れなったんです。
「いっそのこと、結婚式を中止しようか」なんて、話もあったくらいです。
でも、なんとか式だけでも挙げようと言うことになり、急遽お宮さんで肉親だけでお式を挙げました。
このとき母に言われた言葉は今でも覚えています。



19歳の時に仕事で鎌倉に行った帰りに寄った鶴岡八幡宮で、偶然花嫁さんを見たんです。
とっても寒い日だったんですけど、介添えの人に連れられて階段を上っていった花嫁さんは、すご~く綺麗でした。
家に帰ってから私は母に「お宮さんで結婚式したい!」って言ったんです。
予定ではホテルで挙げる予定だった結婚式が、お宮さんに変更になったので、母に「夢が叶ったやん!」って。
思わぬことで夢が叶った瞬間でした。



話を戻して、こんな風だったので当然新婚旅行も行き先変更。
フロリダのディズニーワールドが、東京ディズニーランドになったんです。(おかげで海外に行ける最大のチャンスを逃しちゃって、未だにパスポートは持ってないです)
しかも、行ってる時にサリン事件が起きたもんだから、親にめちゃくちゃ心配をかけちゃった。
とんでもないスタートでした。

結局、実家は建て直すことになり、私たちが同居することになりました。
生まれ育った家を建て替える日が来るなんて思いもよらなかった。
20数年住んでいて、結婚したら子供と一緒に遊びに来る場所。
ずっとそう思ってました。

家をつぶした日のことは忘れられないです。
重機が家を壊していくのを見ていると涙が止まらなくて、ずっと見ているなんてできなかった。
今思い出しても涙が出てきちゃう。
「家を建て替えて新しくするぞ!わ~い♪」ではなく、「大事な家がなくなる」って気持ちの方が強かったから。
でも、今の家に不満がある訳じゃないですよ。
古い家より新しい家の方がいいに決まってるじゃないですか。
ただ、頭でわかっていても気持ちがどうしてもついていなかくて。
仕方ないですよね。



この16年、他にも色々ありました。
「地震がなかったら。。。」って思ったことは1度や2度ではないです。
お嬢もよく「地震がなかったら3人で住んでたんやんな?どんなんやったかな?」って言います。
ホント、どんな生活してたんだろう?

お嬢たちは毎年、1月17日になると地震の避難訓練をします。
先週も「人と未来防災センター」へ行って、地震のことを勉強してきたようです。
春になれば、震災後に生まれた子たちが高校生になります。
だんだんと震災は過去のことになってきているのかな?
神戸の街は震災前よりもずっと綺麗でお洒落な街になってます。
でも、見た目が復興されても、本当はまだまだな所はたくさんあると思います。

今日は、ついつい忘れがちなことをちゃんと考えていたいなぁと思いながらも、いつも通りの生活をしていくんだろうなぁ~
「忘れてはいけない大切な日」に思ったことでした。

【最後までおつき合いくださった方へ】
独り言のような日記へお付き合いくださり、ありがとうございました。
今夜からは、またいつもの「のほほ~ん」日記へ戻ります。
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(非公開コメント受付中)

大変だったのね
こんにちは

忘れてはいけない大事な日。陽さんにとっては忘れられない日だったんですね。大変だったんですね・・・
そんな中での結婚生活の始まりだったのね・・・新婚旅行に海外行きそびれたのもそういう理由だったんですね。でも、反対に家族の絆は強まったのかもしれないですよね。なんてことも16年たった今だから言えるのだけど・・・

東京の人間でも私もあの日の衝撃は忘れられません。東京でもけっこうな揺れで目が覚め、私はお腹にマカロンがいた時だったので、咄嗟に旦那が覆いかぶさってお腹を守ってくれたのを覚えています。
TVで被害の大きさを知り、衝撃を受けました。
その後の報道であの渦中で出産した妊婦さんの姿を見て、人事とは思えず涙が止まりませんでした。
大阪、神戸に親戚や職場の仲間が大勢いるので、とても心配しました。幸い知り合いに大きな被害はなかったけれど、やっぱりみんな家が壊れたりいろいろ大変そうでした。

それでも、自分が直接経験した訳じゃないから、だんだんと記憶は薄れて、忘れがち。忘れてはいけないですね。


ぶらうにいさんへ♪
こんにちは。
【忘れちゃいけない大切な日】なんて書いたけど、普段は私も忘れてます。
ただ、この時期になるとテレビや新聞等で必ず取り上げられるので、あの日のことを忘れることはないけどね。
あの後しばらくは揺れると怖くて、ちょっとした揺れでも目が覚めてたんです。(本来は一度寝ると絶対に起きないのにね)
今は少々の揺れは大丈夫になったけど、大きな地震が来た時に、ちゃんと対処できるか自信はないです。
やっぱり今も地震は怖いから。

最近思うのは、当事者はすごく大変な思いをしたし、2度とあんな大きな地震が起きるのはイヤだけど、あの震災を教訓に色んなことが変わっていったから、「ただ単に大変な大地震だった」んじゃなくて、意味のあるものだったのかな?って。
自然が起こすことだから、どうしようもないけど、「こんな時はこうなるんだよ」って事例になったって思えば、まだ救われるんじゃないかなぁ~と思ってます。
でも、2度と起こって欲しくはないです!
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Author:陽
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